環境構築済み開発サーバがすぐに立ち上がり、気軽に使えるエンジニアのためのサービス「Rackhub」を提供するのが、西海岸で起業したfluxflex CEO久保渓氏。久保氏は「情報を再利用できるようなプラットフォーム作りたい」と言います。そのサービスのインフラを支えているのが、「さくらの専用サーバ」です。西海岸のスタートアップ企業がなぜ日本のインフラを選んだのか、その先に何を見ているのでしょうか。

(写真左)さくらインターネット 代表取締役 社長 田中 邦裕
(中央)fluxflex CEO, Founder 久保 渓 氏
(写真右)聞き手 Publickey 新野 淳一 氏
開発者にターゲットを絞ってRackhubを立ち上げ
新野 : fluxflexが提供しているサービスは、さくらインターネットのインフラの上に構築しているそうですね。どんなサービスなのでしょうか。
久保 : いま注力しているのはRackhubという、環境構築済みの開発サーバを提供するサービスです。Webサービスの開発をしている開発者のために、サーバ環境の構築の手間を解決するサービスがあるといいな、という発想で作りました。
もともと私はアメリカの大学に進学して、そのかたわらでWebサービスを開発しては売却する、というようなことをしていました。その経験がいまのサービスに結びついています。
新野 : 久保さんはアメリカで起業されているんですよね。
久保 : はい。2008年頃に起業しようかなと思い始めて、実際に起業したのは2010年の3月ですね。起業した当時はアメリカのクラウドサービスを使って開発していたのですが、当時は環境を構築するだけで半日から1日以上かかることがあったんです。
新野 : いまならデータベースやJavaの環境がすぐに使えるようなクラウドサービスがありますね。
久保 : 僕は、ブラックボックス化されたサービスというのがあまり好きではなくて。世界で一番優秀な人が魔法のように便利な環境を用意してくれて、あとはその魔法を唱えると誰でも素晴らしい環境が使えるというのは便利だけれども、使っている人が成長できるわけではないんですね。
それに魔法がうまくいかなかったときには、どこが問題なのか、自分はどうしたらいいのかは分からないままです。 僕が欲しかったのは、誰かがセットアップしてくれるのだけど種も仕掛けもちゃんと見えていて、ちょっとカスタマイズしたいときにはちゃんと手を入れられるような、みんながフレームワーク化された情報を再利用できるようなプラットフォームだったんです。
新野 : なるほど。一般にプラットフォームのサービスって、利用者は何もしなくていいです、ウチが全部やりますので楽だし便利ですよ、というのがセールスポイントじゃないですか? 久保さんが考えているのは、実はそうではなかったと。
久保 : 実はRackhubの前に立ち上げたfluxflexというサービスは、それに近いコンセプトのサービスでした。エンドユーザー向けにワンクリックでWordPressやRedMineなどが立ち上げって使い始められる、というものだったのですが、それだとユーザーも成長しない。すると刹那的な使い方しか生めないなあと思ったんです。
それで開発者にターゲットを絞って、Rackhubを立ち上げました。Rackhubでは、RailsやPython、node.jsやMongoDBやGit、Memcachedなど、Webサービスの開発環境を10秒程度で立ち上げることができて、捨てるときには一瞬で捨てることができる、というものです。しかも金額的にもさほど気にならないくらいの課金にしています。
そうした取り回しの良さをすごく意識していて、最新の技術であったり最先端の言語を追いたいけれども、環境構築に手間取ったり、そういうのを面倒だと感じるような開発者をターゲットにしています。
学生で起業するということ
新野 : 久保さんは米国西海岸で起業されています。学生のときに起業された点は、田中さんに重なるところがあるので、あとで田中さんにぜひ感想を聞きたいのですが、久保さんが西海岸で起業したときの話を少し教えてもらえませんか?
久保 : アメリカで起業するのはおおごとでもなくて、自分にとっていい選択肢だからということだったのですが、もともとアメリカの大学は学費が高くて4年間で2500万円くらいかかるんです。そこから奨学金を引いても1200万円くらいは返さなくてはいけなくて、もともと休学してアルバイトでお金を貯めたら大学に戻って、というのを繰り返していたのですが、一番効率が良かったのはWebサービスを開発してそれをどこかに売却する、ということでした。 それで人気が出たサービスなどを売却しているうちに学費も払ったし少し手もとに残ったので、それを元手に起業してみようかなあと思って起業しました。
新野 : 大学でもソフトウェアを学んでいたのですか?
久保 : そうです。コンピュータサイエンスですね。
新野 : 田中さん、ここまでの話を聞いていかがですか?
田中 : そうですね、私も学生のときに起業したのですごく共感する部分も大きいし、一方で自分とは環境が違うなあと思う部分も多いですね。
具体的に申し上げると、私がさくらインターネットを創業したときというのはそもそもサーバ屋が存在しないという状況で、サーバを立ち上げるだけでも大変な状況でした。ですので、物理サーバの用意やホスティングシステムの開発など、すべて自分でやらなければならなかったと。おまけにインターネット回線をつなぐことすらままならないという状況でしたので、そこもやらなければなりませんでした。
なので、不便な環境から出てきたという部分で非常に共通する部分があるのと、一方で当時はソフトウェアだけではできなかったので、仕方なくハードウェアもせざるをえなかったという違いと、この両方が頭の中をかけめぐりました。
田中 : もうひとつ共通点を言うなら、その当時いろいろアルバイトとして地元のプロバイダーでサーバ管理をして、その収入で自分の方のサーバの維持をしていました。サーバが大変高い時代でしたので。なので、自分の能力を使ってスロースタートして、結果として会社となったというところも非常に似ているな、という印象を持ちました。
新野 : 学生で起業した先輩として、田中さんからここは苦労したので注意した方がいい、といったアドバイスはありますか?
田中 : いろいろ、なくもないんですけど(笑)……しいて言うならばいまが一番苦労されている時期ではないかなあという気もするんです。
100万円は売り上げないと続かない
田中 : というのも、サービスの初期にはインフラにかかるコストは自分の稼いできたお金であるとか、その事業以外でもたらされたお金で払えるはずなんですね。
私も奨学金をもらっていまして、公立なので学費が安かったおかげで余ったお金やアルバイトをしてサーバの回線代を払ったりしていたんです。しだいに(サービスが大きくなってくると)自分の働きとか過去の蓄えでは維持ができない状況になってくるので、構造的に支出がかさむような状況になったときにそれを打破できるか、というのが非常に困難なんですね。
どういう時期にそれが来るのか、逆に既に来ているのか、それを打破する方法はどうなのか、事前に戦略を組んだ方が楽なんじゃないかと思いますね。
久保 : それはまさに大きな問題で、いま僕たちが一番考えているのは、実は僕たち2人の会社なんですけど、2人分だと月間の利益で100万円を目指したい。そこにどうやってたどりつくか、っていうのが1つの大きな直近の目標です。
田中 : 100万円というのはすごく印象的な数字で、私も当初の目標は100万円だったんですよ。学生時代の研究室の教官から「100万円は売り上げないと続かない。とにかく、100万円を超えるように頑張れ!」と言われました。月額1000円でレンタルサーバをやっていましたので、1000件を超えるように本当に尽力しましたね。
久保 : 僕たちも、(Rackhubの料金が)月額約520円なんですけど、サーバのコストとかを単純計算すると、大体2700件くらいが1つのラインなんですよ。だから2700件をとるにはどうするか、と考えています。
田中 : すごく共感ができます。
世界的に見ても、さくらはすごく競争力があると思います(久保)
新野 : 久保さんの会社としての最初のサービスは、社名にもなっているfluxflexで、その後いまのRackhubを立ち上げたわけですが、fluxflexを立ち上げたときからさくらインターネットのサーバを使っていたのですか?
久保 : いえ、fluxflexはアメリカの某クラウドサービスです。僕は2008年頃からずっとこのサービスが大好きで、ずっと使っていました。
新野 : ということはRackhubからさくらインターネットにしたと。その理由は?
久保 : さくらインターネットの専用サーバの方がずっと安かった、これが一番大きな理由ですね。以前使っていたパブリッククラウドは機能が充実していてすごく便利なのですが、一方でハマリどころもその機能に依存してしまうところが多いんです。
例えばサーバが落ちたとき、バックアップから復旧したときなどのやり方がそのサービス独自のやり方になるので、そうしたところを学んでいかなくてはなりません。特に僕たちは仮想化のレイヤにまで踏み込んでサービスを作っているので細かいところもあって。ならば専用サーバをきちんと使いたいと。
新野 : なるほど。ただ西海岸に拠点があって英語に不自由しないのであれば、アメリカにも安くて優れた選択肢はたくさんあるように思います。どのような基準で探されたのでしょうか?
久保 : コスト面はやはり大事でした。それから柔軟性が高いかどうかも大事でした。
例えば、Rackhubは当初openVZベースでやっていたのですが、途中でKVMに変更しています。カーネルもいじっているので、そういうレベルで標準的な技術を使えて、柔軟でコストが安くて、というところを探していました。そうするとクラウド系のサービスは軒並み候補から外れます。
僕たちはメモリ容量とかがすごく重要で、アメリカのサービスを探しても16GBメモリで月額150ドルくらいが下限でした。ところがさくらインターネットの専用サーバだったら、64GBメモリで月額を比較してみてもアメリカのサービスと比べてコストが何段階も安くて。
世界的に見ても、さくらのサービスは性能のわりに価格が安いんですよ。すごく競争力があると思います。
しかも、さくらのVPSを使っていたことがあるのですが、西海岸から東海岸につなぐよりも東京につないだ方がレスポンスが速かったですからね。
Rackhubが提供している環境構築済み開発サーバというのは、「クラウド上のローカルホスト」とよく言っていて、つまりローカルに環境を構築する時代ではなくて、開発用のサーバもリモート上にもっていきましょうと言っています。
僕もリモートでSSHとかでつないで開発しているので、通信のレイテンシとかがすごく気になるんですよ。そう考えると東海岸よりも東京の方が近いんです。ほんと、使いやすい。CPUも速いしメモリも安い。そうすると別に他のところを選ぶ理由がなくなる。
新野 : 田中さん、いまの久保さんの話では、アメリカのサービスよりさくらインターネットのサービスの方が安いという話がありました。これは本当ですか、あらためて説明してもらえないでしょうか。
アメリカ東海岸より東京にあるサーバの方がレスポンスが速い
田中 : たしかにそう思っています。4つポイントがあると思います。 お使いいただいている専用サーバは石狩データセンターにあります。石狩データセンターはPUE1.1台※を実現しており、単純にPUE2.0のデータセンターと比べると、運用コストが圧倒的に安くなります。これをサービス価格に反映することで、お客さまにメリットを還元させていただいています。
土地に関しても、日本は土地が高いといわれていますが、石狩の土地はすごく安いです。それにアメリカでは砂漠にデータセンターを作るといいますが、そうすると何百キロも電線を引かなくてはいけなくなりますので、相対的に設備投資が高くなるんですね。
そして東京と石狩の距離は800kmほどで、アメリカではサンフランシスコとロサンゼルスくらいです。アメリカ人なら車で移動しちゃうくらいの距離ですから、実はそんなに遠くない。それだけ遠くない場所にあれだけ電気も土地も安いところがあるというのは、日本の特徴です。
もう1つは専用サーバに関してです。いまの専用サーバのサービスは、もともと提供していた従来の専用サーバのサービスから全く新しく作り直して、いかに人手をかけないようにするか、いかに柔軟性があるか、いかにメモリを多くするかなど、これまでのサービスを研究し尽くして作ったところがあるんです。
付け加えるなら、当社の専用サーバは月額で9800円からで、他社だともっと安いものもあります。しかし専用サーバを求めるようなお客様は、この値段でプロセッサが速かったりメモリがたくさんあったりと、そういうものを求めているだろうと思っていますし、そこは絶対に当社のサービスが強いと思っています。申し込んでから10分くらいで使えますし、VLANを使えるのもポイントで、値段を下げるのではなく機能と柔軟性を上げていく、そういうメリハリをきかせています。
久保 : そこはユーザーから見てもメリットですよね。例えば「さくらのクラウド」で一番安いインスタンスと、他社の同等の価格のインスタンスでMySQLのコンパイルをやってみると全然違うんですよ。他社の1つ上のインスタンスでコンパイルして同じくらいで終わったりするので、同じ価格帯でパフォーマンスを上げているというのは、ユーザー側は一度使うと「わあ、すごい!」と思って、使い続ける理由になるくらい魅力的です。
新野 : それから先ほど久保さんの話では、西海岸からなら東海岸よりも東京のデータセンターの方がレスポンスが速い、という話がありました。太平洋を越えているのになんでそうなるのでしょう?
田中 : そう言っていただいて本当にうれしかったのですけれど、アメリカは砂漠などには回線を引かないので、実際には都市と都市をつないで、広い国土の中にまばらに小さいIX(インターネットエクスチェンジ)がたくさんある形になっているんです。途中、遅い回線も平気であります。
一方で、西海岸から太平洋経由で大手町まではそもそもダイレクトだからすごいんですよ。ほとんどあいだに何もなくて物理的につながっているだけです。そしてさくらインターネットの西新宿や石狩にあるデータセンターはその大手町と光回線で直接つなげていますので、アメリカからつないでもワンホップで大手町まで来て、そこから石狩までダイレクトなんです。
ちょっと余談になりますが、当社はデータセンターが少ないので拠点間が網(もう)というよりほとんど紐(ひも)なんですね。冗長化はしていますが、多拠点で複雑な網になっていたりしていませんから、まず設備投資が抑えられますし、障害点が減りますし、きわめてホップ数が少なくレイテンシが低くなる。結果として速いネットワークをお届けできていると思います。
日本のユーザーは情報感度の質が高い
新野 : そろそろまとめに入ろうかと思っているのですが、久保さんはこの先、Rackhubやflexfluxのサービスをどのように広げていこうと考えていらっしゃいますか?
久保 : 僕たちが目指しているのは、情報とか知識の再利用性を高めたい、ということなんです。それは、再利用可能な知識を再利用できる形で提供できるような場を作りたいと。
例えば、初心者の友達に何か教えたいとき、自分が書いたシェルスクリプトが友達の環境でもそのまま動くだけでなく、誰かが作ったスクリプトも動く。シェルスクリプトだけでなく、レシピサイトのレシピのようにステップが書かれていて、それを試していくのでもいいです。そういう風に、分かっている人と分かっていない人のあいだを埋める情報の再利用性というのを高めていきたいなと思っています。
そうした環境を簡単に10秒とかで立ち上げることができて、いらなくなったらすぐに捨てられるといった取り回しの良さや低価格さを意識していて、そのためにいまは自分たちで専用サーバを借りて、カーネルにまで踏み込んで作り込んだサービスを提供していますが、それはそこまで踏み込まないとできないからやっているんですね。
ここまで踏み込んだのは、ユーザーのエクスペリエンスを上げるために必要だったんだけれども、開発リソース的にはすごく大きなコストだったので、できればメンテナンスも含めて本当はどこかにアウトソースできるというか、いいところがみつかるといいなあと思います。
新野 : 最後に、シリコンバレー、あるいは西海岸で働いているということについて、少し教えてもらえませんか。久保さんにとって東京でもいいのか、それともやはり西海岸なのか、など。
久保 : そうですね。僕はどこでもいいかな、と思っているというのはまずあるんですけど、今日本にいるか、アメリカにいるか、というのも、あまり気にしないくらいの世の中にはなってきていると思うので、別に働きたいところで働けばいいと思うんです。
けれど、やはり西海岸のベイエリアは独特で、エンジニア以外の人たちが、エンジニアをサポートするために自分たちがいる、ぐらいのコンセンサスを持って働いてくれているんですよね。僕もエンジニアなんですけど、やはりエンジニアとしてはすごい働きやすい環境なんです。自分たちが中心となっているというのを自他ともに共有できているので、だから一番ケアもしてもらえますし。みんな、エンジニアが働きやすいとか、何かやりたいことがやれるような環境というのを揃えるために注力してくれているので、働きやすいのは間違いないと思いますね。
あとはリソースも集まりやすいので、例えば世界的に有名なサービスのファウンダーにも会おうと思えばいつでも会えるような状況だし、リソースへのアクセスもしやすいといえばしやすいので、何かやる分には基本は困らないですね。
新野 : 日本でのサービス展開はどう考えていらっしゃいますか?
久保 : Rackhubをメインにしていこうと思っているので、日本での展開にはもっと力を入れたいと思っています。というのは、日本のユーザーってすごく質が高くて、よくいわれるのが、バイラル力が高くて情報の感度とアンテナの質も高くて、そしてお金の払いもきちんといい。いいものを見極める力があってそれを他人に伝えるだけの力も持っていて、それでいて自分自身もお金を払うと。すごく質の高いユーザーがたくさんいます。
ただ、問題としては特にエンジニア向けのサービスだと、小さなところでユーザー数が伸び悩んだりする可能性があるので、日本だけをメインでやっていくかどうかは分かりませんけれど、少なくともさっき言った質の高いユーザーがたくさんいるのは間違いないので、まずは日本のユーザーに力を入れてちゃんとケアしていきたいなと思っています。
新野 : ありがとうございました。
※PUE(Power Usage Effectiveness) データセンターのエネルギー効率をあらわす指標の1つ。値が1.0に近づくほど効率がよい。一般的に、値が2.0を切ると効率がよいとされる。
お客様プロフィール
fluxflex
住所:169 11th Street San Francisco, CA
資本金:$240k
従業員数:4名
事業内容:サービス業
http://www.fluxflex.com/
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